●「東日本大震災この1年を振り返って」 ――改めて「神前拝詞」を頂く――
この災害は、87歳になる私にとっても、1945年8月15日(当時20歳)に次いで、いやそれにもましての大シヨックなことであった。人間の猛威・暴走(世界大戦)から自然の猛威(大震災)へと移ったこの現実をどう見るべきか。
金光教の「神前拝詞」では、「天地に生命(いのち)があり、万物はこれによって生かされている」という根源のところが示されている。自然災害、巨大地震、大津波、そして人災めいた原発事故を考えるのでさえも、人々よ、まずこの事を直視しなさいと呼び掛けられる。更に、「天地に真理(まこと)があり、それによって万事が整えられる」ともある。政治や経済の問題にしても、行き着くところ、最後は真理によって調整されていくというのである。そこでは長期視野を堅持すべしとも迫られる。
信心生活60年。今、東日本大震災を通して、「神前拝詞」の頂き方が確信的に傾倒姿勢(丹念に小声で拝読)に変わらされた。天地の構造、人間の在り様がハッキリとしてきた。またこれを契機に新聞(70年間A紙オンリー)の読み方も変って来た。
「生命」と「真理」これがカギであると思う。
碑文谷教会 服部実
